キャンプに行くとわかる、本当の意味での異文化交流の方法

こんにちは!長年、海外に住み、日本に帰国後、会計✖英語を教えている、帰国子女のスグリンガルです。

今日はちょっと長い話です。

新卒で入った正社員の職を数か月で失い、複数の職を転々としたあと、やっと安定した職を与えてくれた会社は、金融機関でした。

経済関連ニュースの配信企業です。

そこでも、私は複数の部署異動を経験しました。

最後に配属された部署は、その会社の中でも新卒が多く、私の部署異動とともに、この会社に新卒で入ってきた8人がいました。

その部署は、いわゆるカスタマーサポート兼投資家の投資戦略アシストの部署だったため、結構電話サポートをしたり、クライアントのところへ赴いたり、大変な毎日でしたが、そのおかげでタフさが身につきました。

クライアントの質問内容が、非常に多岐に渡っていたため、定期的な研修を受けていました。

そこで受けた金融の知識・スキルは、その後の私の公認会計士の資格取得、会計英語を教えるスキルに大いに+++になったことは、言うまでもありません。

そんなハードな毎日を、研修を受けながらこなす日々だったので、新卒で入った8人の仲間とは、かなり親しくなりました

アメリカ人、イギリス人、中国人、日本人の中も四国人、九州人、関西人、関東人、と実に様々な人たちがいました。

10年近くたった今も、連絡を取り合っています。

とは言っても、私以外は新卒だったため、年齢としては、私だけが5歳くらい先輩でしたが(笑)。

だから、そんなに仲良くなることもないだろうと思っていましたが、

「チーム」として前にも後にもこんなに仲良くなった仲間はいません。

そういう仲間と、私は何を学んだのでしょうか?

一緒に楽しくお喋りをすること?

一緒に週末遊ぶこと?

悩みを相談すること?

勉強して、教えあうこと?

そういうことは、単なる「友だち」でも可能です。

この9人で、キャンプに行ってきました。

(ここから本題)

奥多摩のキャンプ場です。

私?

アウトドアのキャラからは程遠く、

火を起こしたり、テントを張ったりするのも、したことありません。

運動神経はゼロに近く、川で泳ぐのも怖いような人です。

みんな「ハードなキャンピング」はこれが初めて

でも、みんな、得意分野や自分の好きな分野をめいいっぱい広げて、

その一日を過ごしました。

運転が大好きな男子は、車を朝から眠い中運転し、

が大好きな女の子がしこたま、肉を持参。

え~そんなもので遊ばないよ~みたいなゲームを持参してくる子。

俺、レストランでバイトしてたから肉だけは焼けるんだよーと言う子。

父親が消防士だから、肉体だけは頑丈で、いつもガハハ、ガハハ、と笑いを提供してくる、男の子。

ジョークを言いながらも、みんなの意見が割れたときに、自然に調整役に回ってくれるクールボーイなイギリス紳士みたいな子。

なんにも手助けしないけど、突拍子もないアイディアだけは思いつく中国人女子。

肌が荒れると言って、ありとあやゆる「SPF50」や「PA++++」のクリームを持参した人。 ☛私w

国籍もみんな違う中、私が多国籍文化の良さに今更ながら気づいたことがあります。

それは:

世界の文化が違うことで、この違いを認識して良さを引きだたせる要素、これを考えずに表せることが、本当の意味の異文化交流

ということです。

皆さんも、よく聞きますよね?

みんな違っていいんだ
みんな違うから、それぞれの良さが引き立つ、とか。

なんか、表面的なコトバだな、といつも感じていました。

海外に長年暮らした私は、↑このコトバがいかに、上っ面だけをとらえた表現で、アホくさい文章か、よく分かっています。

ここで私がいう、

世界の文化の違いを認識する

というのは、単に「知っている」「理解する」「感情移入をする」という意味ではありません。

英語でいうところの、“acknowledge” + “appreciate”を合わせた、

appre-knowledge“です。

(造語ですw。)

acknowledge=受け入れる、承認する ☛語源:ac=の方へ、knowledge=知識 ⇒その人の方向へ身体を向けて、存在を認め(大切な人であると)認知すること
appreciate=感謝する、真価を認める ☛語源:ad=の方向へ、pretium(値段) ⇒その人の方向へ身体を向けて、価値を認めて感謝すること

※身体がまずその対象に向いていないと、本当の意味での承認や感謝は起きないため、ac/adといった接頭辞がくっついています。

つまり、「〇〇は△△」と、既存の事実として受け入れ、その価値を十分に分かった上で、さらに行動をするということを指します。

日本人の異文化交流には、この

acknowledge + appreciate = “appre-knowledge”

がないことが多いように感じます。

「この文化は珍しいですね~」

「この言語を話す人もいるんですね~」

「そんな戦争体験をしたんですね~」

で終わっています。

すごい、きれい、かわいい、たいへん、おもしろい

という感想で終わっているのです。

また、

「〇〇という外国の△△という出来事」

という、博物館で観察した内容、という感情レベルで終わるような感想は、すぐ消えてなくなります。

そこからの行動、そこから学べるか?に関する洞察がありません。

そういったすべてを前提にして、会話をしたり、なにか新しいことを学んだり、していますか?

そこから、では自分の生活にどう活かせるか?そういうことを考えていますか?

そういうことを自分の考えとして発展させることで、本物の「異文化交流」ができるんです。

そこで初めて

みんな違っていいんだ
みんな違うから、それぞれの良さが引き立つ

と言えるんです。

異文化交流の体験+自分の考え+自分の人生への反映

という3点セットがあって、初めて成り立つ、異文化交流。

そして、余談ですが、これを経験できた人が、最も英語を話すスピードが速いんです。人生、回り道をしているようで、案外つながってるんです。

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