以前、大学進学塾で、生徒向けの質問コーナーのブースで、勤務したことがあった。
自分の教科書や問題集を持参してきて、自分の好きなように質問していいというブースだった。
私みたいな自由人、そんなブースがあれば、いくらでも利用するんだが、当時(14~5年前)そんな自由ブースを使う生徒はあまりいなかった。
塾の授業の合間をぬって、ブースにやってくる生徒は、大方2種類に分けられる。
タイプ1は、とことん、参考書や問題集を真っ黒に書き込んだ生徒(☞なぜか女子が多い)が、その問題集片手に、ありとあらゆる質問をもってくるタイプ。こういう子はメキメキ英語が上達するし、ほっておいても、大丈夫なタイプ。
タイプ2は、どこに疑問があるのか、なにが分かっていないか、分からない子。残念ながら、タイプ2が大多数を占める。
なんでもいいから、疑問に思ったことを質問してごらん、と言ってみると、とりあえず、解けなかった問題というのを見せてくれるのだが、これが、半分くらいの確率で、
「XXXについて、あなたの意見をまとめよ。」
のような、自由記述型の問題なのである。
自分が書いた内容を見せて、どう間違っているのか、教えてほしい、というタイプの質問はまだ良い。☞本当は、この質問もダメ。ココはなぜ間違いなのか、こう書けば〇をもらえたのか、のように、自分でいくつか候補を見せてこないと上達スピードは限られる。
でも、もっと多い質問タイプが、
「先生、なにを書いたらいいのか、分からない」
という悩み。
いやぁ、日本の教育は一体、なにを教えているんだろう、とつくづく感じた。
これは英語だけに限らない。
なにが分かっていないのか、なにが疑問なのか、ここを知ることが理解への第一歩。
数学や化学の問題とは違い、唯一の答えが出ない、英語のような科目に至っては、特にそう。
問題点・不明点・疑問点をいかに、ハッキリさせるかが、上達の第一歩なのである。
だけど、その前に、なにを書いたら良いのか?に疑問をもってしまうなんて・・・
日本語で意見をちゃんと言うことくらい、学校の先生、ちゃんと教えてくれ。
小学生の子どもたちに会う機会は、最近は減ったけど、たまに、英語を教えたり、友人の子どもに接したりするとき、あんまり変わっていないな、と実は思っている私。
日本の教育、そろそろ変えてよね。
そう、あなたの英語を上達させる一番の方法は、
「自分の言いたいことをハッキリさせる」
これに尽きる。